優生学の過ち かつて“劣等”とされた人々が強制的に不妊手術を受けさせらたり殺された時代があった
●かつて“劣等”とされた人々が強制的に不妊手術を受けさせらたり殺された時代があった
イギリスにフランシス・ゴルトン(1822-1911)という人がいました。進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの従兄であり、優生学と近代統計学の父と呼ばれている科学者です。
ゴルドンは、ダーウィンの進化論の影響を受け、優秀な男と優秀な女から生まれた子どもは、より優秀になると考えたんです。ちょうど、犬や馬を人間が意図的に交配させることによって、より大きな、あるいは小さな犬種を作り出すことができたり、より早い馬を作り出すことができるように、人間も品種改良ができるはずだとの仮説をたてました。
この考え方は、優秀な血統な人々は、そうでない人々に比べて生まれながらに優秀、つまり優生であると解釈され、当時のイギリスのヨーロッパ貴族たちに熱烈に支持されました。選ばれた貴族たちは、血統的に生まれながら優秀であり、そうでない平民や異民族・異人種は劣っていると解釈したのです。
後にこの考え方を支持し、実行した人たちがいました。
20世紀はじめのアメリカ合衆国の白人たちと、ヒトラーとナチス・ドイツの人たちです。
20世紀前半のアメリカでは、「社会改良」という名目で、多くの州が『断種法』とう法律を作り、精神障害者や知的障碍者、性犯罪者の人々が、1907年〜1960年までの間に強制断種(強制不妊手術)を少なくとも6万人が受けたといいます。
ナチス・ドイツではさらにひどく
1933年7月、ドイツで断種法が制定された。 この法律により強制断種された人の総数は20万人〜35万人と言われている。
この時代(1933年〜1938年)には、ナチス・ドイツの消極的優生政策は、“遺伝に由来すると見られる疾患を有する者”に対する断種に止まっていた。 しかし、ナチス・ドイツの優生政策は次第にエスカレートして、ついには精神薄弱者・精神病患者・身体障害者等を大量殺害するまでになった。 1939年、ドイツ政府はドイツの病院に入院していた精神障害者や身体障害者を殺害する「T4作戦」を開始した。 この作戦では約7万人の障害者が一酸化炭素ガスで殺害された。
(引用:『優生思想の歴史』より)
また、ナチスの優生思想は、劣等民族を殺して民族を浄化しようという考えにもなり、ユダヤ人をはじめロマ人、スラヴ人などの異民族、精神病患者、働かない人(いまでいうニート)や浮浪者、身体障碍者、同性愛者の人々が、900〜1100万人も人々が命を失うことになるのです。
日本ではそんなことは起こらなかったと思っている人もいるかも知れませんが、戦前では、遺伝性精神病などの断種手術などを定めた国民優生法が公布。昭和16年(1941年)〜昭和22年(1947年)で538件もの人々が断種術を受けさせられています。
さらに戦後の日本では、ハンセン氏病、遺伝性疾患以外に精神病、精神薄弱(知的障害)も断種対象となり、昭和36年(1961年)までの間に1万件以上の断種手術が行われているのです。
(※昭和13年の読売新聞記事。題名に『実現するか断種法 民族・血の浄化へ 各国の立法例と方法』とあり、文中には、
「劣悪な血の遺伝を断ち、民族の優秀性を細化向上させようという優生学的立場から断種を立法化したものが断種法である。」
「断種法の主目標は精神病、低能者など遺伝性精神異状者の根絶一掃にあるが・・・」
「昔から「馬鹿につける薬はない」といわれる通り、近代医学の力も低能には及ばない。しかもこの低能わ(原文ママ)困ったことに普通人よりも生殖力が旺盛なうえに、遺伝率百パーセントという優性なのだから始末が悪い。」
と、書いていることがかなりヒドイものです。
引用:神戸大学電子図書館 新聞記事文庫 人種問題(3-028) 読売新聞 1938.4.19(昭和13)より)
●否定された優生学
さて、多くの人を苦しめ、あるいは優越感に浸らせた優生学ですが、現在では疑似科学とされており、優生学と近代統計学の父といわれたフランシス・ゴルトン自身が、後に優生学の誤りを、統計学から導き出しているのです。
ゴルドンは自分の優生学を証明しようと、自分の得意な統計学を使って、背の高い男女が結婚した子どもを作った場合、当然、比例して子どもの身長は高くなるはずであると1000組もの親子を調べたのです。
ところが・・・
親が背の高い子どもは、必ずしも高いとは限らず、逆に親の背が低い子どもは必ずしも低いとは限らず、むしろ背の高い親に生まれた子どもは親よりも低い傾向にあり、背の低い親に生まれた子どもは親よりも高い傾向にあることがわかりました。
つまり親の身長が特に高くても、あるいは低くても、平均へと戻ってくる。これを『平均回帰』というそうです。ちゃんと数式もあって
子供の身長=(74.7cm+0.57cm)×両親の平均身長
だ、そうです。
つまり、一般に思われているように、優秀な両親から(あるいは背の高い両親から)さらに背の高い子どもへと“進化”していくのではなく、どうやら種というのは、もっとも丈夫な“平均値”を目指して生き残りを図っているそうなのですよ。
どうやら私たちの遺伝子は“平均”がもっとも強い! と、考えているらしいのです。
一流スポーツマン同士の男女が子どもを作っても、必ずしも子どもが一流スポーツマンになるとは限らない。一流大学の学者男女が子どもを作ったとしても、必ずしも偉大な学者や天才学者になるとは限らない。遺伝子は、種の生き残りのために平均を目指すらしいのです。
ですから、天才と言われる人も、また劣っていると言われている人も、大きな目で見ると大差はなく、同じ人間であることに変わらないのです。
ちなみに「それならばなぜ、犬や馬は品種改良ができたのか?」と問われる人がいるかも知れません。犬も馬も、品種改良の最中に平均、つまり元々の姿に戻ろうとしたと思いますが、そこに人間が強引に割って入って、本来の姿からかけ離れた姿にしてしまったのです。
よって、犬なども自然交配や分娩ができない犬種が大変多くなったり、病気がちであったり、奇形が生まれたり、馬ならばサラブレッドのように速く走れるが、足を折りやすく野生で生きていくのが困難な種類が出てきたりしています。
(※ブルドックのようなワンちゃんは、可愛いけれど品種改良が進んだため自然交配や、野生で生きていくことが困難になってしまっている)
●過ぎた優越感と劣等感は、差別と偏見を助長する
「優れた者同士から生まれた集団は、遺伝子的に優れており、それ以外は劣等である」という思想は、とても単純でわかりやすく、ゆえに強い説得力すらあります。
しかし、現実はそうではありません。
この考え方は、それを主張する当人やその集団にとって、麻薬的な優越感や劣等感を生み出し、かつてのナチスやアメリカ、日本などがやったように「劣ったものや障害者は排除せよ。そうすれば社会は良くなる」という実に短絡的な発想を生みがちです。
優越感と劣等感はコインの裏表のようなもので、人は皆「自分は優れている」と思いたいし、人に思われないのですが、同時に「自分は劣っている」という思いもあるはずです。
劣等感の強い人ほど「自分は優れている」と思いたい・思われたいがゆえ、一生懸命自分より劣ったと思われる人、自分より弱い立場の人を探し出し、攻撃します。
優越感の強い人ほど「自分は劣っている」と思いたくない・思われたくないゆえ。一生懸命自分より劣ったと思われる人、自分より弱い立場の人を探し出し、攻撃します。
一緒なんですねえ・・・ これは大脳が発達した人間が持って生まれてきてしまった極めて治りにくい病気のようなものかも知れません。
だからこそ、我々人類は、かつて優生学を探し出してきて、障害者や弱い立場の人々を攻撃したようなことがないように、普段から日々努力していかなければならないのではないでしょうか?
そして最後に、自分は劣っていると必要以上に思っている人には、劣っていると思うのは自由だけど、自分で自分を傷つけることは、誰の得にもなりませんよと伝えたいですね。
または誰かを攻撃することで優越感に浸っている人には、あまりみっともいい姿ではありませんよ、劣ったとあなたが思っている人や弱い立場の人を攻撃しないと優越感に浸れないとしたら、それは優れているということではありませんよと言いたいですね。
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