『不登校・ひきこもり・ニート』の一番の問題とは?

不登校・ひきこもり・ニート』の一番の問題って何だと思います?


わたしが思うにはですね。


「『不登校・ひきこもり・ニート』で、悩んだり苦しんでいる人がいることが、一番の問題」


いろいろ意見はあるんでしょうが、これにつきると思うんです。


不登校・ひきこもり・ニート』でも、大して悩んだり苦しんだりしなければ、それほどの問題じゃなくなっちゃう。(笑)


わたしがそう思ったのは、ある不登校の子を持つ親御さんのお話しを聞いていたときね。


「わたしの子どもが不登校で困っているんです。悩んでいるんです」


って訴えているんです。


よくよく聞いてみると、


我が子が、不登校だから悩んでいる。


我が子が、不登校だから困っている。


我が子が、不登校だから苦しい。


我が子が、不登校だからつらい。


我が子が、不登校だから大変なんです……


と、言うんですね。


気持ちはわかります。


子どもの将来が心配。


育児を失敗したのかと自分を責めたりもしています。


ほとんどの親御さんがそうなんじゃないでしょうか?


ところがある日、こんなお母さんがいました。


「ウチも不登校で、ひきこもりでしたよ」


それだけ。


あまり悩んだり苦しんだという様子もない。


どちらのお子さんも、やがてひきこもりから、バイトをするようになって、いまでは一人立ちしています。


それぞれのご家庭の事情も違うのでしょうし、それぞれの性格も違うのでしょうから、一概には言えませんが、不登校にせよひきこもりにせよ、ほとんどの場合、やがてそれぞれ独立したり働くようになるようですね。


これもそれぞれでしょうから、一概に言えないんですけど、どうも見ていると、あまり苦しんだり悩んだりしない家庭の方が、早くうまくいっているように思えます。


つまりは、お子さんが学校に行かないということを、受け入れた家庭の方がいいんでしょうね。


不登校の場合、何らかの事情で、子どもが学校へ行けなくなる。


これは、何らかの事情があり、お子さんが学校へどうしても行けないという理由があるわけです。


学校が怖いとか、いじめられるとか。


子どもというのは、ほとんどの場合、親を慕うものなんですよ。


口や態度では、そう言わないかも知れませんが、そうしないと生きていけませんからね。

一種の本能みたいなものです。

大人になって子どもがひとり立ちしてくると、事情が変わってくる場合もありますけどね。


子どもって、意外と利己的ですから、遺産とかがないと、老いた親元に寄り付きもしないなんてことは、結構ありますけどね。(笑)

でも、それは一人立ちしてからのこと。一人立ちしていない場合、何とか親に愛されたいと思っています。

家庭内暴力をふるっているときでさえ、そうですね。


親に愛されたいから、いじめられるとわかっていても、だまって学校に行く場合がほとんどですね。


もうけなげなもんです。


それでも、いっぱいいっぱいになって行けなくなっちゃう。


で、家にひきこもるようになるんですけど、家にいて大好きな親から責められたらやっぱりつらいですよ。


親が悩んでいる顔や苦しんでいる顔なんか見たくないですからね。


別にキツイことを言わなくても、親がためいきをついただけで、子どもは敏感に反応しちゃうもんです。


さきほど述べたように、不登校やひきこもりの人たちのほとんどは、やがて一人立ちしているんですから、どうせなら、苦しみや悩みは少ない方がいいに決まってます。


子どもを育てるって、その子がどんな子でも悩みはつきませんよ。


学力が凄く優秀で、勉強の虫だったら少しはスポーツをした方がいいんじゃないかと思うでしょうし、一日中外で遊んでいるのなら、少しは勉強しろといいたくなります。


なるべくなら、余計な悩みやストレスは、少ない方がいいに決まってます。


その方が家庭も明るくなりますし、すると子どもも元気になってきますよ。


第一その方が楽ですし、気持ちがいいじゃないですか。


どうせ人間なんですから完璧にはいきませんよ。


だったら楽に明るく生きたいものですね。


(実は自分で書いていて、自分が怠けたりサボっている言い訳をしているんです。(笑))



不登校・ひきこもり・ニートを考える FHN放送局』
巨椋修(おぐらおさむ)