ヒトはなぜ働くのか?


「ヒトはなぜ働くのか?」


という問いに対して、「食べるため」と、言う答えでは、必ずしも正解とは言い難いといえます。


なぜなら、人間は、自己の生存と繁殖に必要以上を大量に生産し、大量に消費していますから。


鹿やシマウマなら、生存に必要以上の草を食べて、どこかに備蓄しておくということもない。

虎や狼も、たくさんに獲物を獲っておいて備蓄し、


「この鹿の肉と、キミの持っているウサギ肉3頭分と交換しないか?」


などといったこともしないのです。


つまり、人間は「食うため」以上に働き、労働の対価を日本銀行券で支払ってもらい、それで生存に必要以上のシナモノを購入する。


なぜ生きるため、繁殖するため以上に働き、稼ごうとするのか?


いざというときのために備蓄し、生存に必要以上な消費をしたいからである。


いざというときのため、将来に備えて……というのは他の動物はあまり持っていない能力です。


それを予見・予想能力という。



「学校卒業して就職して、○○歳くらいで結婚して……」


とか


「もし、このまま学校を卒業できなかったらどうしょう?


就職できなかったらどうしょう?


リストラにあったらどうしょう?


老後はどうしょう?


急に病気になったらどうしょう?」




などと、予見・予想能力があるがゆえに、先行きに不安を覚えたりするのでしょう。

イノシシやタヌキは自分の先行きで悩んだりはしないものです。


予見・予想能力は、人間にのみにあるといってもいい能力ですが、できるならその能力を使って、なるべく楽観的に、あるいは、予想をひとつにしぼるのではなく、多様・多面の予見・予想をしておいた方がいい。


つまり、人間のコースはひとつと決められたわけではない。



以前、わたしは「人間は幸せになるために生きている」といいましたが、


「なぜ働くのか?」


という答えも、「幸せになるために働く」という答えがもっとも近いのではないかと思っております。


あるいは「気持ち良くなるために働く」ということです。


逆に働くことによって、自分の肉体的・精神的な健康を壊すようであれば、その仕事は少し考えてみた方がいいんじゃないかなあ。


学者の栗本慎一郎さんの『パンツをはいたサル』(光文社刊)によると、


「(ヒトは)生産したものをある瞬間に破壊し、蕩尽(とうじん・財産を一瞬で使い尽くすこと)が、働く意味であると、おっしゃっている。


これもまた、一面の真理でありましょう。


「ヒトはコツコツと作ってきたモノを『一気に破壊する快感』のために働く」


「人類が、生産・生殖に必要以上のモノを大量生産するのはそのためである」


と、栗本氏はおっしゃっており、これは、いわゆる一年に一度行われる『お祭り』で、一年間働いてきたウサを一気に晴らし、その一瞬に陶酔することが、生きがいになっているとか

『お祭り』のときの「非日常」があるがゆえ、ふだんのつらい「日常」を耐えることができるということであるらしい。


たしかにヒトはそんな一面を持っているような気もします。


さらに栗本氏は、


「戦争は過剰になった人間の生命と身体を破壊する『殺人祭り』であるかも知れない」


と述べておられる。さらに


「世の識者がいかにどんなに戦争の悲惨さを訴えようと、子ども達に平和教育なるものを施そうと、戦争ななくならないであろう。(中略)人間が、戦争という非日常的な瞬間に陶酔するものである以上、戦争に変わる陶酔の対象を発明でもしない限り、戦争から人間が自由になる日はないのである。

映画やテレビや漫画で、「宇宙からの侵略者」を設定し、これと戦うストーリーが後を絶たなのも、人間同士の戦争を別の物にすり替えようという努力のあらわれなのである」


と、おっしゃっているが、その通りかも知れませんね。

人は、口先だけの奇麗事では、なかなかうまくいかないものかも知れません。


それだけに、不断の努力が必要なのでありましょう。



おっと、少しハナシがズレました。

今回の「テーマ」に対するお答えとしては、「ヒトは幸せになるために働く」、「気持ちいい瞬間のために働く」


これは「遊ぶ」でも同じお答えになります。


「ヒトは幸せになるために遊ぶ」、「気持ちいい瞬間のために遊ぶ」




よって、働くことで必要以上にストレスや悩みを抱えるのであれば、少々収入を落としても、あるいはしばらくお休みしても、または転職を考えてもいいのではないかと思います。


もちろん、これはあくまで、ひとつの考えなので、いろいろと他の考えもあるのでしょうが、多様な考え方ができるのなら、楽に考えていくという方法もアリかなと思ったりもしますね。



不登校・ひきこもり・ニートを考える FHN放送局代表』
巨椋修(おぐらおさむ)