自分を愛せない人へ

自分を愛せない人へ




どうもわたしたちは、他人を誉めることができても、自分を誉めることは苦手なようです。


特に日本人は“謙遜”の文化がありますから、人前で自分を誉めるということはあまりしません。


ですから“謙遜”ならいいのですが、本当に「自分はダメ」「自分はクズ」「自分なんか生きている価値がない」と、思っているなら問題アリです。


もし、その人が、本当に自分はダメと自己否定をしているなら、その人は



「自分という人間の人格を否定している」



ということになります。


そういう人は、自分で自分を愛せないのですから、他人から愛されても、その愛を受け止めることができません。


他人からの好意を受け入れられない。


他人からの好意や良い評価を信用できません。


「だって、自分でさえ自分を愛せないのだから、他の人が自分なんか愛するわけがない」



と、思ってしまうのです。



つまり、自己否定者は人と愛し合うことができないということです。



逆に、自分を受け入れ、自分を愛することができる人は、他人からの愛や好意を受け入れることができます。


自分を愛せる人は、人と愛し合うことができます。


他人からの好意や良い評価を受け取ることができます。



人間は誰でも「愛されたい」という気持ちを抱いていますが、自己否定者は、人を愛せず、人からの良い評価を信用できません。


しかし、「愛されたい・好かれたい」という欲求はありますので、そのいう場合は、人に媚びたり、へつらったり、過度の自己犠牲を示して、人の愛を得ようともがきますが、多くの場合、それは自分の信用を失う結果に終わったり、ただ利用されるだけで終わったりします。



自分の価値を十分に認めていると、他人に媚びたり、過度に自分を犠牲にしてしまうということもなく、良い人間関係を自然と作りやすくなります。



また、自分を愛せない人は、自分自身を批判し、攻撃します。


同時に、「わたしは悪くない。悪いのは周囲だ」と、怒りの矛先を外に向けたりし、当然のように周囲から反撃されたり無視されたりします。


そんな人でも、自分のことを批判することがなくなると、他人のことを批判することが少なくなります。

自分や周囲に対する憎しみや、恨み、批判、比較、競争、嫉妬といったものが少なくなると、自然と人間関係が良くなります。



自分を愛することが、他人を愛することの始まりになります。


そしてそれが、良い人間関係と、良い人生作りのもとになってきます。



自分を愛するということは、ダメな自分、イヤなところがある自分も、全部ひっくるめて、そのまんま愛するということです。


自分のダメなところやイヤなところを認めてしまうと、他の人のダメなところやイヤなところを見ても、さほど腹は立たず、他人を攻撃することも少なくなり、当然、反撃されることも少なくなります。


そういった人は、懐が大きな人、優しい人と周囲から評価され、ますます人から好かれ、幸せになっていきます。


幸せになりたければ、まず、自分を愛すること。


自分のイヤなところもダメなところも、許してしまうことです。





不登校・ひきこもり・ニートを考える FHN放送局代表』
巨椋修(おぐらおさむ)