自分の都合で生きていいんじゃないでしょうか?

すべて他人のせいにする人は、すべてを他人に依存しているということに気づいていません。

やたらと自己正当化する人は、自分が人に認められていないということを主張しているに過ぎません。

そういう人は 自分で幸せになろうともしておらず、 誰も幸せしないことに気がついていないのです。


もし、自分が幸せになり、他人も幸せにしたいのなら、【すべて他人が悪い】とか【すべて自分が悪い】という極論をやめるべきでしょう。


【すべて●●が正しい】ということもありません。


善悪など、その場の都合、その人の都合、その共同体の都合で常にうつろうもの。

美しい花が正しく、そうでない雑草は悪いものなどというのは、それはそのときの人の都合。

だとすれば、そのときもっとも自分自身に都合のいいように生きればいいのではないでしょうか?

うかつに善悪を決め付けず、他人の価値や世間の価値基準は参考程度にしておいて、わたしはわたしの都合がほどいいように生きればいいのではないでしょうか?


FHN放送局
巨椋修(おぐらおさむ)