苦労を楽しめ 楽して生きろ!



苦労を楽しめ 楽して生きろ!




これはまるで、正反対に思える言葉なんですけど、この言葉は、ぼくの本音でもあるんです。


生きている限り、苦痛とか苦労とか、つらいことって、どうしても出てくるものですよね。


忙しくて忙しくて、過労死寸前の人が、いきなり


「もういいよ」


とか、上司にいわれて、机だけ与えられて1日会社で仕事をもらわなくなったり、自宅で休養なんて言われたら、こんどはやることがなくて、死ぬほどつらいと思ったりしますからね。

実際、そうやって会社を辞めたり、本当に自殺する人もいるくらいです。


でも、その人が忙しくて過労死寸前のときは、1日ぼ〜っとしている人に羨望したりしていたと思うんですよ。





人生いつも無いものねだり





隣りの芝生は青く見える




っていうのが、人の性(さが)なんでしょうね。


でね、どうしてもその苦労が避けえないものであるとしたら、


嘆き悲しむよりも、どこかに楽しみを見いだせればいいですね。


例えば、ぼくがやっている格闘技だと、常に筋肉痛と打撲傷がついてまわります。

初心者の頃なんて、裸になったらアザが全身についていて、それも


青、赤、紫、黄、茶


と、実に様々は色付きアザだらけ人間でありました。


太ももなんて、スクワットのやりすぎと、スパーリングのローキックのおかげで、普通に歩けない。


でも、本人としては、それがうれしくて仕方なかったりします。


アザを見ては、


「オレは打たれ強くなってる」


と、思っていましたし、筋肉痛なんかがあると


「筋肉が発達している証拠だな」


なんて思っておったのですよ。

一歩間違えば、軽い変態です。(笑)


でも、そうやって楽しみながらやっていたから、現在まで続いているんだと思います。

実際、苦しいつらいだけでは、すぐに辞めてしまっていたと思いますよ。

ぼくが格闘技を続けられたのは、他にも



いい仲間がいた


好きであった


ということも大きかったですね。


仲間がいるというのと、好きであるというのは、実に重要で、この2点がそろわないと、なかなか楽しめない。


「楽(らく)」という字は、「楽しい」という字と一緒でね。

つまり楽しいことは、文字通り殴られ蹴られるような格闘技でも、楽しめてしまうんですよ。

楽しい、つまり楽なんです。


なんだかややこしくなっちゃいましたね。(笑)


カンタンにまとめますとね。


楽しいことをやりましょう。


でもどんなに楽しいことでも、スポーツにおける練習のように苦しいことや、つらいこともあります。

できれば、それすら楽しんでしまいましょう。

それでも楽しめないものであるなら、そんなものはその人に、合っていないか、本当は好きでもないものなんですから、そんなものはやめてしまいましょう。

誰かが、それを強要するなら、とっとと逃げ出してしまいましょう。


そして自分が楽しいと思えることや、いい仲間を探しましょう。



てな感じでしょうかね。


なぜだか生まれてきて、いま生きているんですから、どうせなら楽しんだほうがいいと思うんですよ。




不登校・ひきこもり・ニートを考える FHN放送局』
巨椋修(おぐらおさむ)